大阪城 | 堺LOVE
大阪城

大阪観光と言えば通天閣を背にたこ焼きを頬張り、お笑いを見て腹を抱えて笑う…そんなイメージが強いかもしれませんが、通天閣に負けず劣らず大阪の象徴として君臨するのが「大阪城」です。大阪城は安土桃山時代、豊臣秀吉が最も栄華を極めていた時代に建てられたこともあり、力強く豪華な建築が特徴です。漆喰の黒壁には金箔で虎が飾られ、瓦も金箔で覆われており、城下町まで塀で囲んでいたことも考えると当時の大阪城の存在感は圧倒的であったと言えるでしょう。しかし、今私達が見ることのできる大阪城は、もう秀吉が建てたものではなくなってしまっていることをご存知でしょうか。現在の大阪城は徳川秀忠によって1620年に建てられた徳川の城なのです。前述した通り、当時の秀吉の影響力は相当なものだったため、秀忠は秀吉の権威が霞む程の徳川家の権力を見せ付ける必要がありました。そのため、豊臣大阪城の上により一層大きな徳川大阪城を建てることにしたのです。城を建てる際、秀忠は堀も石垣も、豊臣大阪城の2倍にするよう念を押し、家臣は2倍を実現するため、豊臣大阪城の上に土を高く積み、更地にしてしまった後でその上に新たな徳川大阪城を築き上げました。
そこで皆さんに注目して頂きたいのが「石」です。徳川秀忠が豊臣秀吉の権威を一層するために用意させた「巨石」を是非見て頂きたいのです。一般的な石垣が四角い石を6~7段積み重ねられているのに対し、大手門の内側の石垣は巨石約2段詰まれているだけです。1つ1つの石が、いかに大きいかがお分かり頂けるでしょうか。また、大手門枡形の内側にある「見付石」は表面積が29畳分あり、それでも大阪城の巨石の中では4番目の大きさだというのですから驚きです。大阪城の北西にある京橋口でも多くの巨石が見られます。「肥後石」大阪城で2番目に大きいとされており、広さは33畳だそうです。では大阪城で一番大きい石は?それは本丸にある「蛸石」。表面積は36畳で左に蛸が寝そべっているような染みがあることが名前の由来となっています。
 石垣の石の中で巨石の次に注目して頂きたいのが「刻印石」です。「刻印石」とは誰から寄付された石なのかを見分けるために印が付けられている石のことを言い、天守閣横の隠し曲輪では加賀の前田家や土佐の山内家などの刻印を多数見ることができます。天守閣北側にある刻印公園では石垣よりも刻印がより見やすく展示されており、誰の刻印なのかを一覧にまとめているのでわかりやすくなっています。有名人の刻印石として人気なのが千貫櫓の加藤忠広の刻印石、内堀の桜門右側の石垣の毛利輝元と細川忠興の刻印石です。
 普通観光で城を見に行こう!となれば、殆どの人が城自体の大きさや装飾に夢中になりがちですが、大阪城観光の際はお城だけでなく、石垣などにも注目して見ては如何でしょうか。