竹之内街道 | 堺LOVE

竹之内街道

竹之内街道

竹内街道は、日本最古の国道で大和と河内を全長26kmで繋ぐ日本最古の国道で、主に4つの目的で使用されていたそうです。旧石器時代には石器の材料を得るために「石の道」として、珍しい大陸の書き物を運ぶための「文化の道」として、あの有名な西国三十三ヵ所巡礼の「信仰の道」として、商人たちが物資交流を行うための「経済の道」として。遣唐使や遣隋使は竹之内街道を通って飛鳥朝廷を訪れ、江戸時代後期や明治時代にはメインストリートとして整備され、茶屋や宿屋が立ち並び、大阪と奈良を結ぶ重要な大通りとして栄えていたそうです。あの聖徳太子や小野妹子、松尾芭蕉、松田松陰なども竹之内街道を通ったと言われています。
歴史に名を残す偉人達が通ったと言われている竹之内街道ですが、せっかくなので観光で訪れる際は「偉人ゆかりの地を巡る」をテーマに名所を訪れてみては如何でしょうか。と言うのも、この街道が通る太子町はその名の通り聖徳太子にゆかりがあり、叡福寺境内内には聖徳太子とその母である穴穂部間人皇后のお墓が構えられています。さらに街道筋には聖徳太子の父や遣隋使であった小野妹子のお墓などもあるのです。喜志駅前には聖徳太子の御廟の石碑があり、太子町の住宅街は今でも古風な大和棟の民家が並び、歩くだけで歴史を感じることができます。特に竹之内峠を越えると竹之内集落に入ることができますが、この集落は竹之内街道の道中でも最も街道風情が残っている道とされています。竹之内集落は歴史小説家の司馬遼太郎が幼少期を過ごした町としても有名で、あの松尾芭蕉もこの街道を歩き俳句を読んだそうです。
カメラと紙とペンを持って街道風情を前に一句読む、そんな観光も良いかもしれません。